訃報から少し経って

土曜日からずっとテラスハウスに関するネットアレコレをみている。Twitter、5ちゃん、はてブ、ネット記事…

『アンチによる誹謗中傷での自死』という現象だけが一人歩きしてしまって、ニュースで知った人たちが知った顔して物言うのが多いなと思う。

一般的に『過去流行ったもの』として認識されているテラスハウスは、この事件がどういう流れで起こったのか、というところから説明する必要があってそういう記事を読むと私が好きだったテラスハウスの楽しみ方がとても邪悪だったことに気付かされる。

 

anond.hatelabo.jp

元制作側の増田。現場のスタッフが大事にされないのに演者は大事にされるのか?

 

anond.hatelabo.jp

テラスハウス承認欲求と、自分セルフブランディング炎上を避けながら売名をするという、非常に高度な心理戦のもと成り立っている心理ゲーム番組だ。

ここの文、言葉に落とし込む技術がすごい。その通り。

 

私はテラスハウスもバチェラーも大好きだった。それは安心して楽しめるバラエティだと思っていたから。どちらもとんでもなく炎上していたし、私も「ある程度文句言われるのはしょうがないのかな」なんてのんきに考えていた。

むしろ諸刃の剣のようなもんで、一般人のような人が売名で踏み台にする番組だから、あとはどれだけ跡を濁さず・今後の仕事に繋げていくかが演者にとって重要で。助走と演技と着地、自分の性格やスタイルを活かしながら編集と折り合いをつけてスタジオを味方に付けられるか…卒業後にはブランドを立ち上げてセレブ婚しちゃうような、そこまで見届けられたら面白いのにな、という感覚だった。

視聴者はゲスい下心で番組を観て感想を共有して楽しむ、演者は利用して売名する、番組はどちらも利用して金を稼ぐ、三者が喜ぶシステムだと思っていた。

違った。リアリティーショーのせいで亡くなった人はよそのことで、不誠実に炎上を煽り続けた番組が作られたし、今はメディアでは自殺報道のガイドラインすら守られていない。

www.mhlw.go.jp

安全な囲いの中で遊んでいたと思ったら、急に放り出されて視聴者が悪いと言われる。本人を実弾で撃ち抜いた人は罰を受けるべきだけど、火に油を注ぐ映像を作って放送して、蒸し返してその反応を演者に任せていた人たちは無関係なのか?どの人たちがどれくらい悪かったのか、というのはもはや裁判でしか判断できないが。。

 

テラスハウスは打ち切りが決まった。番組サイトはまっさらになって、公式Twitterは新東京編のツイートを削除した。なかったことになった。

www.terrace-house.jp

 

初めてBPOにも意見を送ってみたけど、証拠となるSNSアカウントや山ちゃんねるは消されたからあやふやになって終わるかもしれない。

www.bpo.gr.jp

 

ネットの世界も現実で、茶の間のつぶやきが全世界に発信されて、言われた本人に届く可能性もある。おもちゃのスマホからそんな影響力があるなんて現実感がなくてピンとこないけど、実際そういうことになっている。

プラットフォーム側で誹謗中傷できないようにしても意味がないと思う。やる人は悪意や信念を持っているから防ぎようがない。SNSがダメなら手紙だって待ち伏せだって何かされる可能性がある。だからネット上の嫌がらせも通報を当たり前にして、訴訟もコンスタントにできるようにして、かかったお金は全て加害者に請求できるようにしてほしい。

ネットは現実世界だから。ちょっとつぶやいたつもりでも、公道で叫んでることと同じになってしまう。

 

 

ただの番組ファンなだけの私も当事者意識に苛まれている。この件に関する記事を書くのも、ネタにしているみたいで居心地が悪い。普通繋がるはずもなかった人たちがネットなら繋がることができる。親近感を持たせることで販促効果があったり名前を売ることができるけど今回は悪い面が出すぎた。

不謹慎かもしれないけど、まるで『13の理由』のようでいていろんな人の「そんなつもりじゃなかった」が積もり積もった結果のように思えてならない。恋愛がうまくいかない、コロナで試合がない、親がSNSでケンカしている、所属団体からSNS推進部長にさせられる、誰も味方がいないような孤独な気持ちになっていたんだろう。インスタであげていたリストカットの投稿を流してしまったときに、私たちは加害者になったんだと、今から考えるとそう思う。