わかり合えない関係が普通でいいんだと30年かかってやっとわかった

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信頼してる人と共有する「わかる」ほど気持ちのいいものないですよね。

 

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アンガーコントロールの方法を教えてくれるのかな?と思いますが、その根本たる考え方をアップデートする提案をしてくれています。

鴻上先生の語り口優しくてすき。

 

目次

 

わかり合えないことは悪いことじゃない

私は周囲の環境に恵まれていたので、「わかる」友人が多くいます。

最近、わかり合ってる(と思っていた)友人との間に、激しくわかり合えない壁を感じることがありました。

その件がきっかけで目が覚めた私は、自分のことは自分がわかってあげないとなんだ!!!と、ブログをせっせと更新しようと思ったしインスタも始めました。

 

きっかけ

学生時代からの友人で結婚を機に遠方へ越していった友人のAちゃんとディズニーランドに行きました。

ディズニーランドで1日遊び、ホテルに1泊。翌日はてきとうに散歩して解散という予定でした。

当日ディズニーでの時間が楽しすぎて、「明日も行こうよ!」なんて話をしてひとしきり盛り上がりました。

私はやっぱり楽しくなっちゃって、翌朝もまた行く気満々になっていました。

 

「はやく準備して行こう!」と声をかけると「う~ん・・・」と気のない返事。

?なんかすごい行く流れになってたじゃん!・・・と思っていたのは私だけなのか!?とぐるぐる。

駄々をこねても付いてきてくれそうになく、きわめつけは「そんなに遊んだら夫に悪いし・・・」と。

 

???自分で稼いだお金を使って遊ぶんだったら何が悪いんだろう?と私の頭はハテナしかありませんでした。

いま思えば、早く帰りたかったとかお金がないとか足が痛いとか違う理由があって言いづらかったのかもしれない。

でもそのときは、無条件に「一緒に遊んでくれる!」と信じ込んでいたので、想定外の出来事にムムムとすることしかできませんでした。

 

Aちゃんとはわかり合ってる関係で、そんな想定外が入り込む余裕すらない!と思っていたので、この出来事は衝撃的でした。

 

 

いつまでもわかり合ってる関係は・・・むずかしい

彼氏とはわかり合えなくなっていることを痛感していて、分析ができていなかったので男女だからかな?などのんきに考えていました。

が、今回同性の友人とわかり合えなくて、考えを改めました。

誰々とはわかり合えない、誰々とはわかり合える、ではなく・・・わかり合うことは現象で永続的なものではないってことです。

 

私は周囲に恵まれすぎたがために、わかりみを深くしながら生きることができました。

それはすごく楽しくて、子どもの頃に感じた「ずっと小学生でいるような気持ち」に近いものでした。

これまでわかり合うことが当たり前すぎて、いま現在の心境のギャップに頭がクラクラします。

 

 

わかり合わないことと孤独はちがう

人間が「分かりあう」ことが前提だと、少しでも分かりあえないと不機嫌になります。分かりあえてない状態が非常事態だからです。でも、「分かりあえない」状態が普通だと思えば、分かりあえてない状態は日常であり、スタートであっても、不機嫌になる状態ではないのです。

「不機嫌がコントロールできず、夫婦仲が…」悩める31歳女性に鴻上尚史が伝えた、喫茶店で見かけたカップルにゾッとした理由 (3/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

わかり合い続ける関係は容易に築けるものではなく、ハードルが上がったが故に期待も倍増して、簡単に破滅するでしょう。

 

 あゆも「1人ぼっちで感じる孤独より 2人でいても感じる孤独のほうが辛い事のように」と歌っていたように、わかり合えない壁を断絶のように感じてしまいがちです。

でもわかり合ってなくてもいい、お互いの考え方があって付き合いに無理が生じなければいいんじゃないか?と気軽に捉えられれば、すごい生きやすくなりますよね。

 

年齢を重ねればどんな関係でも大なり小なりステージが変わってきます。

その違いを「わかり合えない!」と悲観するのではなく、「そういう風に変わったんだねえ」と認められるような人になりたいと思いました。

 

 

今回の「わかる」問題は、すごく衝撃的でひとつ大人になったような気持ちです。

1回1回の「わかる」を奇跡だと思って、いままでより楽しみたい。

わかり合えなくても大丈夫なんだよって、安心してください。