家族仲が良いのは奇跡的なこと

救われた気持ちになった。

p-dress.jp

 

ちょうど最近母親無理すぎたので染み入るコラムだった。

kzmtkwn.hatenablog.com

自分と親の関係もそうなんだけど、なんとなしに使われる言葉についてとか家庭に問題のない人たちが眩しく見える感じとか、共感しかなくて嬉しい。

 

似た境遇の人との間でよく話題に挙がるのが、まともな境遇で育っていないなりにまともな人間であろうと努める中で、その持続不可能性を突きつけられる場面の話だ。

例えば盆暮れが近づくと「実家にはいつ帰るの?」と訊かれる。日常会話だ。それ自体をどうこう言いたいわけじゃないが、「”帰る”って言えるのいいなあ」とは思う。実家は”行く”もので、行かなきゃならない用事ができるのはいつだって薄暗いところに淀んだ何かと対峙させられるときだ。

実家を出てから正月に帰ったことが一度もないので改めて思う感覚もなかったけど、確かに『実家に帰る』つもりは今までもこれからもない。実家は行くもので~の辺りもよくわかる。書類のためだったり猫元気かな、とかその程度の理由かな。そういえば住宅展示場に行ったとき、『家を買うなら奥様の実家が近い方がいい』ということを言われた。そういう考え方もあるのはわかるけど、私にとっては結構な地雷だった。それは親子間での信頼関係があってのことで全人類が受けられる恩恵ではないんだけどねーとぼやきつつ、いつかこういう世間体も本当になくなってほしい。これは日本の福祉が家族頼みで設計されてるせいで、育児とか介護が家族なしでは詰んでしまう背景があるからだ。生活に困ったら親族じゃなくて専門のプロに頼むべきだ。家族だからといって万能じゃないし、家族だからこそ踏み込んで荒らしてダメージを受ける人がたくさんいるんだよね。

 

社会に出て気づけて本当によかったと思うことの1つだけれど、機能不全家庭出身者はまったく珍しい存在ではない。腹を割って話す習慣をつけていると、思いのほか頻繁に同類(と言っていいのかわからないが)と出会える。まったく珍しい存在ではないのにごく当たり前のように透明化させられる。

わかる。私も自分の親と合わないことを自覚して友達に話していたのは高校生の頃だった。美術予備校の同級生で、聞けばその子も両親が不仲で弟と慎ましく生活してると言う。他にも両親が宗教漬けで、とかいう子もいたし「え、親?あんまり好きじゃない」って言い切る子とも話をした。美術をやろうと思う人たちの集まりだからか偶然なんだかわからないけど、自分にとってすごく居心地がいい場所で好きなことを言っても肯定してもらえたり面白がってもらえるのがすごく良かった。幸い「親とは仲良くしなきゃ」のようなことも言われず済んだし自分が自分らしくのびのびできてたな。境遇が似てるわけじゃないけど、親という絶対的なものに対して思うところがある人たちと会えるっていうのはそれだけで嬉しいことよね。

 

ただ困ったことに、健全な家族像を疑うことなく生活してきた人は、(少なくとも筆者にとっては)無自覚に暴力をふるってくる危険人物でありつつも、同時に希望でもある。自分がそうありたかった理想の姿だから。

ここの文章が一番良い。私も常々思っているけど、たまに出会う『実家と円満な人たち』は好きだ。お父さんがこういうこと言ってねーとか、妹がどうとかこうとかでーとか、自分は持てないものだけどありたかった家庭をお裾分けしてもらえるような、図々しいんだけどそういう気持ちになる。漫画『彼氏彼女の事情』でも同じことを浅葉が言ってた。当時は私が子供すぎて浅葉よりつばさの境遇に心打たれていたけど、今読んだらまた変わるのかもしれない。

 

仮に親からの愛は実在していて、それが歪んだ形で表れていただけだったとして、それがどうしたというのか。親から受けた現実のあれこれをどう覆せるというのか。自分がそれを享受したことがないのもあって「無償の愛」や「無条件の愛」というものを信頼していない。ワンオペ育児に苦しむ母親たちの手記を読んでいても、親が子を愛せないケースは特に珍しくもなく存在するのがわかるし、それは責められることではない。それは子から親への場合も同様だ。愛さないことを許す。話はそこからじゃないのか。

親に対してうーんって思う人は、こうやって別の人が書いた親に関する文章を読んだり自分が文章に起こしたりして、積極的に自分を解放していく必要があるんじゃなかろうか。私は今まで合わないな、難しいな、いつか変わるかな、と希望を持ち続けてきたけど、今回結婚に関する件で一線を超えたというかなんかもう無理なもんは無理、とはっきりわかったので気の済むまで呪詛を吐き続けようと確信した。自分をないがしろにする人に対して、どうしてこっちが合わせてあげないといけない?そんな必要ないよね。連絡先絶っても死なないし、相続がどーだなんかあったらそん時考えたらいい。自分が後悔しない生き方をするために何をするべきか考えてたほうが幾万分もマシだよね。今まで何で思いつかなかったんだろう。一緒に幸せなんてなれないんだよ。

 

 

人は看取られるとき、その人の生き様が反映されると思っている。(急な事故とかを除いて)親だから、兄弟だから、とかっていう関係よりも友達とか、昔の職場の人とか、血の繋がりよりも濃い関係は絶対に結べる。私は私が選んだ大事な人と生きていきたい。